So-net無料ブログ作成
前の5件 | -

益子陶器市へ [地域紹介]

益子陶器市に行ってきました。

今回は一つの目的があって。

最近、知人から茶の湯に使用する水指をいただきました。その人は30年ほど前に茶道を習い始めた頃その水指を求めたそうですが、すぐ稽古をやめてしまって未使用のまま長い間しまい込んだままだったそうで、使用してほしいともってきました。作者は萩原芳雄さん。

しばらくするとこんなのもありましたと持って来てくれたのが蓋置。同じような美しい模様の出た灰釉でした。

これは、建水と杓立があれば皆具として使えるということで、同じものを探しに行くことにしました。

同じものがなければ似たような感じの物を見つけようかと久しくいってなかった陶器市にあわせて茶道の友人と一緒に行くことに。そのうちの一人は実家が益子町で、氏とは幼馴染みということで登り窯を見せてもらいながら伺いました。

登り窯は2011年の東日本震災の前までは使用していたのが、震災時に被災し使えなくなってしまったということで、傍らに薪が積まれたままとなっていました。震災後益子を離れた人もいるようです。


持っていった蓋置を見せるとすぐああ、これは一番前の室で焼いた灰釉だといいました。ぐい飲みの一つずつをもどこにおいたかを覚えているそうです。氏は裏千家茶道も習っていて皆具として作ったということでした。

作品は手元には残っておらず、10年ほど前におろしたというお店を教えてくれました。


益子出身の友人の案内で、快晴のもといくつかの店をのぞきながら歩きます。

昔からなじんだ益子焼だけでなく様々なデザインの作品等も楽しみながら。

 

たくさんの人でにぎわっていました。


目的の店に着くと、何とまあ同じような水指を見つけました。その前に蓋置と建水もあり、持参した蓋置を建水の中に入れてみたりして、美しい窯変のあるのに決めました。

杓立もあるか尋ねたところ、その店にはなかったものの、同じ経営の別の店舗に1個あったともってきてくれました。

主の老婦人が杓立を探しに行ってくれている間、登り窯が使えなくなってしまったからもうこんな窯変は出ないと愛おしそうに何度もなでながら言うのが印象的でした。

目的を達したので大満足。待っていたのよと友人達も喜んでくれました。

 

次に萩原芳典さんの個展が開かれていた陶庫に行ってみました。作品の印象はシャープ。昔からの柿釉を使用していますが少し感じが違います。

次に藍染の日下田正さんの工房へ。藁屋根の母屋の中には藍甕がたくさん並んでいて作業中でした。

裏手では作品の販売も行われていて、陶器市にあわせて1割引、母へのお土産に藍染の大判ハンカチを買いました。


ランチは森のレストランでパスタとコーヒー。久しぶりの会話を楽しみました。

 



益子陶器市は5月6日まで。秋の陶器市もあります。

nice!(20)  コメント(7) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

高野山へお礼参り [四国遍路30年秋]

四国霊場八十八カ所の巡礼、最後は結願の報告とお礼のため高野山に参るのが順序だそうです。

結願所の大窪寺を後にし、宿泊先に向かう途中で鳴門の渦潮の見学ができました。

宿泊は、淡路島の洲本温泉。

11月15日、ホテルの部屋から朝日の上がるのをみる。 ↓


ホテルを8時頃出発し、海峡大橋を休憩を兼ねて見学。

平成10年の完成で、長さ3911m(当初予定は3910mのところ地震により修正された)。高さ298mの二本の支塔で支えられる。下は明石海峡。↓


正午少し前に高野山に到着しました。 バスの中から南大門 ↓


先ず昼食をとってから、奥の院へ参詣。御廟の前で般若心経を唱える。燈篭堂の地下にも入りお参りする。

その後大塔や金剛峰寺等、壇上伽藍の見学。

金剛峰寺 ↓


金剛峰寺の庭園 ↓


大塔と三鈷の松 ↓  三鈷の松の三本の松葉を探してお守りに。


高野山での宿泊は、宿坊・遍照尊院。朝のお勤めに参列しました。

読まれているお経は通常聞いているのとは違って低音の殆ど抑楊のないもので不思議な思いで聞いていました。お経は古儀と新儀があってこの時きいたのは古儀のお経、通常聞いているのは新儀のものと、先達さんがバスの中で比較実演してくれたのは得難い経験でした。

女人堂 ↓  昔高野山は女人禁制であったため、女性はここでお参りした。宿坊を出てからここでお勤めをし帰路につきました。


千里阪急ホテルで昼食(山祝い)、伊丹空港14:30発のJALで羽田へ、19時30分無事帰宅しました。


これで2018年11月12日から16日まで4泊5日の遍路旅は無事終了です。

旅の記録も最低限出来たのでほっとしています。

つたないブログの「四国遍路30年秋」を見て下さった皆様にも感謝です。


nice!(46)  コメント(11) 
共通テーマ:旅行

二荒山神社おたりあ祭 [宇都宮]

1月15日は、宇都宮二荒山神社の「おたりあ(春渡祭)」です。


正月に飾った縁起物等をもっていき、お焚きあげしてもらいます。この階段99段あり運動不足の身には少しきついです。


神社の一角でお焚きあげ。


お焚きあげの火にあたると風邪をひかないとか一年間無病息災で過ごせると昔からいわれています。


本殿の前で拝礼の順番をまちます。夕刻からの神輿渡御等の準備も進められています。



神門の前からみる宇都宮市街。この辺り昔はバンバ(馬場)と呼び一番の繁華街でした。「宇都宮の歌」にも『二荒の社のきざはしに母と眺めしバンバのネオン』という歌詞がでてきます。ちなみに宇都宮の歌は西条八十作詞、古賀正男の作曲です。ここを真っすぐ南に行ったところが宇都宮城のあった場所(現在、城址公園)です。


馬場通り商店街の幟。栃木のプロスポーツチームを応援していますとあります。栃木にはバスケットのリンク栃木ブレックス、自転車の宇都宮ブリッツェンと那須ブラーゼン、サッカーの栃木SC、アイスホッケーのアイスバックスなどプロスポーツチームがあります。


nice!(27) 
共通テーマ:地域

初釜は栃木の銘菓と群馬の銘菓で [茶の湯]

茶の湯、初釜のお菓子は主菓子は花びら餅が定番で毎年の楽しみです。 一方、干菓子は正月に相応しい様々な意匠の打ち菓子がありますが、わが家では、地元栃木の銘果「友志良賀(ともしらが)」とお隣の群馬県の銘菓「里みやげ」を使います。


友志良賀 ↓ 栃木の特産物干瓢の砂糖漬け。明治18年から作られている。「お前百までわしゃ九十九まで友志良賀のはえるまで」の言葉のように、


また、群馬の銘菓「里みやげ」 ↓ は初夢に見ると縁起がよいといわれる「一富士、二鷹、三なすび」にちなみ初夢漬けともいわれているように、共に縁起のよいお菓子です。

 

昨日12日がうちの初釜でした。

主菓子   花びら餅 ↓


干菓子     友志良賀 と 里みやげ ↓


軽く点心を用意して  ↓


毎年都道府県の魅力度ランキングでは茨城県を含め毎年下位に甘んじている北関東三県ですが、友志良賀や里みやげのような素朴な他にはない銘菓があります。(茨城なら梅味ののし梅等かな?)


友志良賀は高林堂製。宇都宮市馬場通り3-4-18(予約が必要です)

里みやげは三枡屋総本舗製。館林市三の丸市役所通り。




nice!(27)  コメント(2) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

四国遍路結願 [四国遍路30年秋]

四国霊場結願の寺、第88番医王山大窪寺に到着したのは平成30年11月14日14時05分。

大窪寺は養老年間(717~24)行基の開創、後に弘法大師が飴蔵ヶ峰の岩窟で求聞持法を修め、大きな窪の傍に堂宇を建て自ら刻んだ薬師如来を安置した。唐で師の恵果から授かった三国伝来の錫杖を納め結願所となったと伝わる。



真っすぐ本堂前にいき法楽。ここで結願と思うと自然に気が引き締まりました。

本堂 ↓


次に大師堂へとむかいます。

大師堂すぐ横にあるのは「原爆の火」。

広島に原爆が落とされたとき、遠くに住む甥が広島在住の伯父さんを心配して駆け付けたが伯父さんの家は燃えてしまって尋ねる人も見つけることが出来なかった。そこでその人は火を持ち帰り家で絶やさずに守ってきたのを大窪寺に寄託したのがこの「原爆の火」という説明を車中で聞いていました。結願の感動ももちろんありましたが小さな火が静かに燃えているのを実際に目にして、より強い印象をうけました。

「原爆の火」 ↓ 左側に見える屋根は大師堂です。


大師堂での読経も御詠歌もここで最後と思うと感無量、胸が詰まる思いながらも一生懸命お唱えしました。

この結願の日80歳の誕生日を迎えたMさんは今回5回目の遍路。先達さんと共に毎回法螺貝を吹いてくれた。包容力のある法螺貝の音にいつも励まされてきました。

 ↓ 結願の記念集合写真もとって、バスの所へ戻ります。


紅葉が綺麗でした。山門下の売店でお土産等を買う。


Hさん、 ↓ 毎回手作りのガイドブックを作ってきてくれた。


先達さん、添乗員さん、同行の全ての皆さんと家族に感謝の遍路旅でした。

この夜は淡路島のホテルに宿泊し、翌日高野山へお礼に向かいます。


nice!(17) 
共通テーマ:旅行
前の5件 | -