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あいときぼうのまち [映画]

映画「あいときぼうのまち」を見ました。この映画を多くの人に見てもらいたいと思い紹介します。

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この映画は1945年から2012年まで約70年原子力に翻弄されてきた一つの家族の物語です。

1945年終戦間近な頃、福島県石川町の山奥で学徒動員による原子爆弾を作るためのウラン鉱の採掘が行われていました。その作業をしていたのは石川中学の3年生で、何のためのものか何も知らされないまま終戦まで行われました。

1958年(昭和33年)福島県浜通り地区は衰退した林業と冬は出稼ぎに行かねば暮らしていけない農業が主産業であり地元自治体は産業誘致を希望していました。このような厳しい状況下で原子力発電所の誘致活動がはじまりました。

1966年(昭和41年)福島第二原発の建設に伴う用地買収で双葉郡の楢葉町や富岡町では反対運動が起きましたが、自治体等の切り崩しにより、やがて反対運動は終焉します。

1972年(昭和47年)浜通り双葉郡で福島第二原発が営業運転を開始しました。

2011年(平成23年)東日本大震災と原発の事故が起こりました。

以上は福島であった事実です。映画はこれら事実を題材として扱ったフィクションで、四世代にわたる一つの家族の一人一人をていねいに描写しています。

学徒動員によりウラン鉱採掘をしていた少年は大人になって農業に従事しています。周囲が原発賛成に傾いていくなか、一人だけ反対の立場にあったことで村八分の状態に置かれます。妻も家を出て新聞配達をしていた一人娘(愛子)も解雇されてしまいます。原発賛成派の少年・健次と愛子の青春の時代ですが、とうとう東電に土地を売る契約をした後、父親は自殺してしまいます。

2011年今では子や孫と幸せにくらしている初老の愛子は健次と青春時代を思い出して海へ行き津波で死亡、第一原発の爆発により南相馬市にすんでいた西山怜(愛子の孫娘)一家は東京へ避難しています。 ・・・  これが物語の大雑把な内容です。2012年に撮影されたこの映画は現在進行形で物語が進んでいきます。祖母が最後に津波から逃げる途中で助けた人の話から怜は東京で知り合った募金詐欺をしていた青年と一緒に福島へいき、神社の境内で集めた枯れ葉を持ち帰り、福島を思い出させてやると言って東京のビルの屋上からばらまきます。

上映後に脚本家・井上淳一、出演者・千葉美紅、黒田耕平、伊藤大翔、杉山裕右の5名によるトークショーがありました。

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当時、原発を扱う作品はタブー視されていた。巨額のスポンサー料を払う東電を擁護する風潮があって、キャスティングには大変苦労したそうです。後の仕事に障るということでしょうが大手芸能事務所から協力を断られることもあったとか。

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タイトルはなぜ「あいときぼうのまちなのか」との質問に、井上さんは故大島渚監督の第一作「愛と希望の街」という映画の話をしていました。生活のため伝書鳩をうる少年がいた。買われて行った鳩は少年の元へ帰ってくるので又売る、そうしているうちに金持ちのお嬢さんと知り合い、彼女は少年のしていることをやめさせようとして鳩を買っていきその鳩を猟銃で撃たせてしまう。少年の貧乏に変わりはないという話。大島監督は最初その映画の題名を「鳩を売る少年」としていたが却下されて最終的に「愛と悲しみの街」で折り合ったそうな。それが「愛と希望の街」に変更されてしまったとか。あいときぼうのないまちはそれからヒントを得たのか。また、なぜひらがななのかは、「あい」は「哀」を「きぼう」は「気泡」を連想させると誰かが言ったそうです。

それから資金の問題では、こんな話をしていました。ウラン鉱石採掘現場に登場する陸軍大尉を演じた瀬田直は、49歳現役の外科医です。父親がなくなる3年前に2人で映画「蟹工船」を見ている時父が「あっ、俺だ」と、エキストラで出演していたのだそうです。瀬田医師はこれまで残したものはないが映画に出れば残ると考え俳優になることを決心したとか。週1回演技の指導を受けたそうです。自分が医師であることから原発を扱う映画が良いだろうと医師として稼いだお金を映画に提供してくれてとても助かったそうです。

ウラン鉱石を採掘する中学生の役を演じた俳優・杉山裕右さんは、実際にその当時作業に従事した82歳の老人を訪れて取材したそうです。当時従事したのは中学3年生のみ。その上の年齢の人達は招集されて戦地へ行き、以下の年齢の生徒は別の仕事をしていたそうです。目的は知らされず、革靴等ないのでワラジをはいてごろごろする岩の上を歩いたそうですし、ツルハシの鉄は供出され、中には素手で血まみれになりながら作業する人もいたそうです。

ウラン採掘の話はごく一部の人しか知らないし、資料も一切残っていない。《終戦の日、東京市中は焦げくさかった・・何故?・・官公所で隠したい資料を全て一斉に焼いたからです》

夏木静子さん、勝野洋さんが演じる愛子と健次が避難する途中で妊婦やお婆さんを助けるシーンにエキストラで参加していた方達は実際にあの日に同じ場所で避難していたのだそうで、思い出したくないはずなのに協力して下さったのだそうです。また、原爆の映像≪恐かった~≫はCGだそうですが、津波の映像≪恐かった~≫は実際に楢葉町を襲った津波の映像だそうです。これを撮った人は自分のお姉さんがその向こうで亡くなっていったのをその時は知らずにいたと。

映画は福島で現実に起こったことを題材にとって描きながら、2011年以降は避難先の東京に場面を移して現在進行形で進んでいきます。70年という時間軸と福島と東京という地続きの横軸が交差して現在も進行中の問題です。

ここからはこの映画を見て、又脚本と出演者のトークショーーから自分なりに考えたことです。帰りたくても帰れない人がたくさんいる。汚染水の処理や指定廃棄物の問題等解決しなければならないことが多くあるのに、フクシマのことは過去のことと思っていはしないかという反省です。オリンピック招致でフクシマはコントロールされているといった政治家、原発再稼働有りきのような動き、原発輸出の推進等、ほんとうにこれで良いのだろうか。指定廃棄物処分場の問題では「要はカネ目でしょう」と言った閣僚もいましたっけ。将来に禍根を残すような選択をしないようにこの機会にもう一度よく考えてみなくてはなりません。福島の問題をどう解決していくかは自分達の問題でもあるのです。皆さんはどうお思いになるでしょうか。

ぜひこの映画「あいときぼうのまち」を観賞してみてください。

宇都宮ではヒカリ座(東武宇都宮駅のすぐ近く)[電話]028-633-4445で12月5日まで上映中です。


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