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東日本大震災 警察官救援記録 「 あなたへ。」 [日記]

「東日本大震災 警察官救援記録 あなたへ。」を読んでいます。
大震災発生直後から被災者救援・支援のため活動するたくさんの人達がいました。警察官もその一員でしたが、彼らは各県警の広報誌等にその時のことや思いを残していてその一部が一冊にまとめられています。

震災発生時にとった行動が正しかったのかと逡巡する心や行方不明者の捜索に当たった時の出来事等が率直に語られていると思います。

大震災から6年です。時に涙しながら読んでいます。


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木下大サーカスを見に行きました [日記]

昨日、世界三大サーカスのひとつ木下大サーカスの公演を見てきました。

1時からの公演、指定席は取ってあるが駐車場が心配なので12時頃を目当てに行くとすでに行列。




テント内は当然ながら撮影禁止。


あっという間の2時間。球体の中をオートバイ3台が同時に走るのや最後の空中ブランコショー等ハラハラするのも良かったけれど、一番楽しかったのは動物の芸。シマウマが可愛かったし、キリンの目が優しかった。ホワイトライオンと牡ライオン8頭は迫力ありました。

最も素晴らしいと思ったのは坂綱という和の芸。空中ショーの様な派手さはないけれど和風の衣装で和傘でバランスを取りながら斜めに張り渡された綱をのぼっていく、しかも後ろ向きになってのぼるのは感動する。20年ぶりに復活された伝統芸とか?これは最高でした。


木下大サーカスは創立113年といい、56年ぶりの宇都宮公園だそうで、母が昔見たようなサーカスを見たいと一番楽しみ見にしていた。私も子どもの頃の思い出にあるのと同じ様な懐かしいサーカスを堪能しました。

像が記念写真の仕事を終えて帰っていくところ  ↓


会場のある清原工業団地は深まりゆく秋の風情でした。






ライブ楽しみました [日記]

9月27日(日) 宇都宮ビートクラブスタジオでライブを楽しみました。
Tony Gnppy "A Weekend With Friends in Tochigi"というもの。

実に素晴らしいライブだった。さらに初めてスティールパンという楽器を聞いて楽しかった。


このライブを知らせてくれたのは片野篤さん、ベース担当。


休憩時間に初めてみるスティールパンに興味が引かれて近寄ってみた。


上から見たところ

名前があった


後半始まるとき、スティールパンの説明をしてくれた。

1930年代にトリニダート、ドバコで発明された。創られた当初は小さくて片手で持って演奏、音階も4つだけ、1940年代に今の大きさになり、音階もドレミ全て揃って、クラシック演奏もOk。

演奏中は見えないがこんな風になっている。

どの曲も素晴らしく会場も大盛り上がり


最後に整列して

左から片野篤さん(ベース)、トニーサッグスさん(ピアノ)、トニーグッピーさん(スティールパン)、右端が関慶和さん(ドラム)。

十五夜の月を見ながら友と連れだって明るい夜道を歩いて帰って来た。


 演奏の素晴らしさは言い表せないほどですが今回スティールパンという初めての楽器が新鮮だったのでそれを中心に紹介しました。


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騙されない [日記]

今日もひどい暑さでしたね。体調管理も大変です。干瓢農家も雨の少なさに困っているようです。

昨日の夕焼けの赤。



地域のコミュニティセンターで各種セミナーが開催されているので時々でかけてみます。

先頃は消費生活相談員の方と弁護士さんによる詐欺に遇わないためには?という話を聞いてきました。(参加者は殆ど高齢者) 

何故騙されるのか? まさか自分の所にはこないという先入観が危ない!その先入観を捨てる。 昔と違って現在は全く関係ない所から連絡が来る時代だということを認識する事が大事。

怪しい電話は相手にならないこと。営業マンの話を聞いてはダメ。相手はプロなんだから。切る習慣をつけること。そうはいっても切れないよという人は「えーっと、昨日の晩ごはんのおかずは何だったっけ」等と勝手にしゃべってみる、又は歌を歌っちゃう。相手が話をしていても、何でもいいから歌っちゃう。  もしそんなことがあったら試してみてください。

人の優しさ不安な心理をあやつる卑怯な奴に騙されないようにしましょう。


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宇都宮大空襲の日に思うこと [日記]

69年前の今日7月12日の深夜米軍のB29が襲来し焼夷弾を落下、市街地の約6割が焦土と化し、620人余の人々が犠牲になったという。今夕宇都宮大空襲の犠牲者を慰霊する「ふくべ黄鮒燈籠流し」が行われていた。

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(私が行ったときはもう片づけが行われていたところであったが)

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 ところで母の兄はニューギニアで眠っている。私の従兄に当たる人はビルマで亡くなった。母の兄は三度応招。最初の出征の時は大勢の人に旗を振って見送られていった。二度目の時は家族のみが駅まで見送り(お上の指示で)三度目の時はその辺まで出かけるような格好で(鳥打帽にジャンバー姿だったそう)、報国袋というものだけ持って、しかも袋の表面に報国と書いてあるのを見えないようにして持って誰も見送りすることもなく最寄駅から出かけたそうです。後から家の者が着替えを持って着ていった服を師団まで取りにいったそうで、そのまま南方に行き帰らぬ人となりました。92歳の母に三度目というのは昭和20年とか終戦間際のことだったかと訊ねたところもっと前だったとの答えでした。テレビ番組等でニューギニアとかビルマ(ミャンマー)とか出ると○○ちゃんはあそこで・・と必ず言います。同じ様な人はたくさんいるでしょうに。

 集団的自衛権の行使容認、しかも時の一内閣の閣議決定で大事なことが決められてしまった。国の有りようが大きく変わろうとしている。私は正直、閣議決定のニュースを見た時とうとうこうなってしまったかと身体の力が抜けていくような気がしました。自民党に力を与え過ぎてしまったかもしれない。青黒い不気味な波がぬらりと迫ってくるような不安な感情がわいてきます。 大きな流れに抗いようもなく戦争に巻き込まれていくのではないか。子や孫や曾孫が戦争にいくことを考えたことは?終戦の時、もう二度と戦争はしないと皆で誓ったのではなかったのか。日本の国と平和ということについてもっと深くよく考えてみる必要があると思っています。

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・・上と関係ないけど・・

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↑ 昨日の宇都宮の空  ↓  台風一過の夕べ

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今日もうだるような暑さに疲れてしまいました。


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