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第33番 雪渓寺 [四国遍路29年秋]



四国88ヵ所中で2ヶ所のみという臨済宗の寺院の一つが、第33番の雪渓寺です。 

創建時は真言宗でしたが、戦国時代に長宗我部元親により支援を受け長宗我部氏の宗派の臨済宗にかわりました。


明治の廃仏毀釈により廃寺となっていたのを復興させたのは第17代住職の山本太玄師、その養子となり太玄師の後に住職となったのが山本玄峰で、境内入口に太玄供養塔と玄峰の胸像が建っています。


 


山本玄峰師は、ほぼ失明に近い眼病で裸足で遍路を続け、7回目の時に太玄師に救われて出家、後には各地の古刹を復興したり、妙心寺の管長も努めました。終戦の詔勅のなかの「耐え難きを耐え忍び難きを忍び」の言葉は当時鈴木貫太郎首相の相談役であった玄峰が手紙で進言したといわれています。


「再来ー山本玄峰」(帯金充利著)という本があります。山本玄峰師の生い立ちや人となり等詳しく丁寧に書かれたいい本です。




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