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春の彩り [季節の花]

お彼岸なので実家へ行きました。 

ヒマラヤユキノシタが咲いていました。

クリスマスローズも


土佐ミズキ



こちらは日向ミズキ ↓  

ヒヤシンス

名前が分からない? ↓

水仙も咲き始めた

牡丹の花芽

アケビの芽


いよいよ春ですね。


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朝鮮通信使今市客館跡の碑 [日光市]

 今月始め、日光杉並木ギャラリーで、ある作品展があり同級生達と見に行きました。
 杉並木ギャラリーは東武日光線の今は無人駅となっている上今市の駅舎をを利用していて、友人の絵画を見てから、杉並木の中を歩いて報徳庵へ行きお蕎麦を食べてきましが、




歩きだすとすぐに、大きな石碑に気が付きました。鮮通信使今市客館跡とあります。



 日本語と朝鮮語で書かれており



江戸時代、幕府の要請により、新将軍が就任すると朝鮮国王が善隣友好の使節(朝鮮通信使)を派遣した(15回)。日光には初期の頃3回来ているというようなことが記されています。



 最近読んだ「竹島-もうひとつの日韓関係史ー池田敏著」で江戸時代には現在の竹島を幕府は日本領の外にあると認識していたらしいといっても朝鮮領とは言い切れないと知ったばかりで、かの国との関係を考えるときかつてはこのような友好儀礼が行われていたということも参考になるかなと思います。



 今は水車も休憩中ですが、途中から見えた女峰山が綺麗でした。

 並木杉の中にこんな形のもあってびっくり。

 報徳庵のお蕎麦も美味しかったです。


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地酒で乾杯 [宇都宮]

先日、久しぶりに昔の仲間と会食しました。
場所は宇都宮市のニューみくら。

地元のお酒~惣誉~で乾杯してから
お料理を頂きました。

(↓ 栃木県の特産品 ヤシオマス)



(↓桃の甘露煮や百合根の花びら)


お料理とお酒を頂きながら、いがけない人の消息も聞けたりして楽しく過ごしました。

(↓ 栃木和牛) 器も素敵で


(↓ エビチリ) メニューも多様


(↓椎茸 ) 




デザートも美味しかったし、



惣誉も十分に美味しく頂きました。


ご馳走さまでした。次回も楽しみです。


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賀蘇山神社から遊の里、それから鹿沼彫刻屋台の世界へ [鹿沼市]

賀蘇山神社の御朱印

し戻って遊の里で昼食。地元の人達がダッチオーブンでりんごやサトイモを焼いて待っていてくれました。

シイタケが美味しかった!


お蕎麦の定食はすべて粟野産にこだわった材料でこんにゃく、セり、フキノトウ等などもうれしい。 




昼食後は、椅子を作るグループと鹿沼彫刻の世界のグループと別れて、私は彫刻ほ方へ。鹿沼彫刻の名匠・黒埼嘉門さんの彫刻屋台の彫刻制作現場の見学にいきました。

小学生の体験教室で行っている作品を実際にのみと槌を持って順番に彫らせてもらう。思うようにはいきませんがおもしろいです。


江戸時代から受け継がれてきた鹿沼彫刻屋台は27基あって、毎年10月の第二土曜、日曜に秋祭りが行われています。

下はパンフレットからの抜粋。「平成8年製作。彫師は、黒埼嘉門。泉町が鹿沼北部に位置することから、鬼板、懸魚に北の守護神「玄武」すなわち、蛇と亀の構図を用いている。欄間、水引などは優美な花鳥を種とした彫物で構成」とあり、これが鹿沼彫刻屋台の最新のものということです。


平成27年3月に「山・鉾・屋台行事」のユネスコ無形文化遺産の候補として、国の重要無形民俗文化財に指定されている「山・鉾・屋台行事」祭り33団体を一括提案していますが、栃木県では那須烏山の「山あげ祭り」とともに、「鹿沼秋祭り」が候補となっています。

ガイドによると1台の彫刻屋台を組み立てるには彫師の他に各種職人の技が必要ですが、それを一つの地域内で出来る所は3か所だけ、京都、高山と鹿沼だそうです。

この後、木工団地内で一点物の店を見学、帰途につきました。   (木のまちツアーおしまい)


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尾鑿山賀蘇山神社 [神社仏閣]

長閑な里の風景をながめながらバスが賀蘇山神社に着きました。

尾鑿山賀蘇山神社(おざくさんがそやまじんじゃ)は「日本三大実録」の878年9月16日の條に「授下野国賀蘇山神社従五位下」と記載された社。五穀豊穣、産業発展、医薬長寿の守護神として信仰されてきた。

江戸時代後期になると「尾鑿山講」と呼ばれる代参講が盛んになり、関東一円より多くの参詣者を迎えたそうで、 御祭神は天之御中主神・月読命・武甕槌命です。





神楽殿

境内には大正6年まで目通り周囲15m、樹高70mに及ぶ樹齢1800年と言われた巨大な杉があった、その杉のあったところへ向かいます。




大杉切り株。神代杉。明治44年の落雷と大正6年に発生した近隣火災の類焼により枯損したので伐採、現在は地上約2.5mを残すのみ。枝葉が他の木々の笠のように見え、最下層の枝は直径が1mをこえていたとのことです。 ↓ 



別の場所にある遥拝殿にやってきました。 ↓

この奥、険しい山を上ること3㎞、尾鑿山直下に岩屋があり、そこに祀られている御本社を拝むための建物です(大人の健脚でも90分かかり、また女性の入山が禁止されていた時代もあったそう)。


三間四方の宝形造り、総ケヤキ造りで精巧荘厳な彫刻が四囲にある。60年の工期を要して元禄14年(1701)に完成した。日光東照宮を修築した棟梁、彫工達によって寛永18年頃から着手、中には父子二代に渡り造営に当たった者もいたそうで、彫刻のうち最多は龍で40頭、東西と北面を埋めている。四隅を守るのは獅子と像。


これまで「おざくさん」は「石裂山」と思っていましたが、山の頂上の向こう側を石裂山といい、こちら側は尾鑿山というそうで、入粟野の地名には尾鑿しかないのだと初めてしりました。

 

 


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