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四国遍路第24番 いよいよ土佐路へ [四国遍路29年春]

日和佐浦のホテルを7時半に出発して、国道55号線~さば大師の話を聞きつつさば街道を走ります。途中の海部川は大うなぎの棲息地で、この大うなぎは1.5~1.6m、10㎏もあるそうで食用にはむかないという。野根川の河口から佐喜浜へ至ると、飛び石、跳ね石、ごろごろ石と呼ばれ昔の遍路が難渋したというごろごろ海岸が見えます。

室戸市へ入ると、海洋水研究センターがあり、その少し先に景勝地・夫婦岩という4つの岩があります。また、道側にある二つの岩の間に旧道が通っているのがちらっと見ることができました。国道が整備されてから旧道の面影が見られるのはここくらい?。波が打ち寄せる海岸沿いの道を歩いた昔の遍路は怖かっただろうなと思いながらみました。

ここを過ぎて間もなく、右手に白い大きな青年大師像がたっています。そしてその先には御厨人窟(みくろどくつ・大師が悟りを開いた所)があります。道路から見える場所で、鳥居がたっていますが、現在は通行不可。

ここをすぎてすぐ、9時半頃に台24番最御崎寺(ほつみさきじ)に到着しました。

1ほつみさき.jpg


室戸岬の先端にあるお寺で、御本尊は虚空蔵菩薩です。


いつものようにお参りを済ませて次の第25番津照寺(しんしょうじ)へ。津照寺の御本尊は延命地蔵菩薩です。楫取地蔵(かじとりじぞう)とも呼ばれる、海の守り仏です。大師堂に先ずお参りしてから124段の急な石段を上って本堂へといきました。昭和50年落成の鉄筋コンクリーと造、壁一面に万体地蔵が祀られています。本堂前から梢をとおして海が光っていました。  ↓ 津照寺山門前


1しんしょうじ(syuuswi).jpg


この後、第26番金剛頂寺へ。  ↓  御本尊は薬師如来。

遍路26番.jpg


ここを参詣した後は、国道沿いのキラメッセ・室戸、鯨の郷で昼食でした。献立はここでもちらしずしとうどん。美味しかったです。空港で買物の時間はないというのでここでお土産を買うことにしました。


いよいよ四国遍路・春の旅は最終目的地の第27番の神峯寺(こうのみねじ)へと向かいます。途中車窓から、山際に枇杷畑がつづいているのが見えます。袋がけしたのが白い花が咲いたようで綺麗。10キロm余にわたって続きます。タクシーに乗り換え山門の近くまでいきました。道路の傍らに第6番の安楽寺で聞いた、水谷夫妻の逸話(脊椎カリエスにかかった夫人の回復を祈って遍路にでた夫妻、奇跡的に夫人が立つことができた)が大きなレリーフに残されていました。仁王門から本堂までは150段の石段ですが、石段脇は、傾斜を利用した日本庭園で、四国霊場一の美しさと言われます。御本尊は十一面観世音菩薩です。


14:15空港へむけてバスにのります。この付近の街並は独特で、白い漆喰壁や黒い水切り瓦を何段にも並べた民家が美しい景色をつくっています。


さらに驚いたのは、14:50頃通りかかった場所、手結港の可動橋です。

可動橋.jpg

屋並みの向うに舗装道路が建っている!

hasi.jpg

こんな景色は初めて見ました。

15:00に高知龍馬空港着。

無事帰ってきまし。楽しい旅でした。四国遍路第二回目・秋の旅は11月です。






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第23番 薬王院 鳴門路さいごの寺 [四国遍路29年春]

四国遍路第2回目秋の旅の案内がきたのに春の旅がまだ途中!急いでまとめなければ。。

四国88所中、 第23番薬王院は四国遍路鳴門路の最後の寺で、厄除けの寺として有名です。

ここには夕刻到着、参道に鳴門秘帖・吉川英治や空海の道・司馬遼太郎などの石碑があり、作品の場面に登場したことが紹介されています。

こちらの御本尊は厄除薬師如来です。現在の御本尊の後ろ側に回廊を廻って行くと、元の御本尊が祀られています(実際は扉の中で見えません)。この元の御本尊というのは、火事になった時自ら逃げて、本堂再建後に戻ってきたので後ろに祀られているのだそうで、これをバスの中でガイドさんが慕わしげに話すのがなんとも微笑ましく思いました。


 


ここが、鳴門路最後というので全員本堂前の階段に整列して記念写真を撮りました。発心道場おわりです。

この後、すぐ近くの道の駅で休憩。この辺りの浜はウミガメの産卵で有名な場所ということでウミガめもなかが並んでいました。

宿泊は海の傍のホテルで。夕食は遅くまで、バスの運転手とガイドさんも一緒の楽しい宴会になりました。

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蓮の花 [季節の花]

お寺の門前に蓮の花が咲いています。






宇都宮市今泉町の興禅寺です。臨済宗妙心寺派のお寺です。



きれいです。



境内の緑も清々しいです。


裏千家日光東照宮献茶式 [茶の湯]

日光東照宮の国宝陽明門平成の大修理竣功記念の茶道裏千家献茶式は東照宮拝殿において行われました。

参列者は200名弱、来賓・招待客の他の一般参列者は予め参会券が必要で、50名のみ、受付をして拝殿入口でしばらく待ちました。拝殿入り口より先は撮影禁止です。

来賓、招待方の入場がすみ、やっと案内がありました。この場所は、拝殿、石の間、本殿の建物が一つの屋根で覆われている権現造りで、神社建築様式としては一番新しいものです。拝殿の中央、本殿に近い側に白木の台子が置かれ、風炉と皆具、天板には朱と白それぞれの茶碗、白い仕服に包まれた茶器が二つ飾られています。

参会者が座っている拝殿の高い天井は最も格式の高い格天井で、それぞれ貴重な岩絵の具の群青色を背景にして様々な姿の龍が描かれています。東西には三十六歌仙の歌が掲げられ、東側の将軍着座の間との仕切りは狩野派が描いた杉戸があろます。

石の間は儀式を執り行う処で、ここは御三家のみ入る事が許され、その奥の本殿は内陣、内々陣となっていて、将軍と勅使のみが入る事が出来ました。

10時に家元が拝殿に入り式が始まりました。神官の進行にしたがい祝詞奏上に始まります。朱の茶碗を前に濃茶点前がはじまりました。白い帛紗での四方捌きは流麗という言葉がぴったりの美しいものでした。一椀を手に家元は石の間に降り台の上に茶碗をおいて戻り、それを祭主が神前に捧げるのにあわせて家元が礼をします。台子正面に向かって今度は薄茶を点てます。帛紗の色は紫で、同じ様に神前に捧げられました。

下野新聞に掲載された写真 ↓ です。(これは濃茶を練っているところです)

img002.jpg


おしまいの挨拶があって約1時間の厳粛な儀式は終了。参会できて幸せでした。将軍着座の間の方に家元が退出されてから順次私達も退出、真っすぐ奉賛茶会の方へ向かいました。日光東照宮の献茶式は裏千家と表千家が1年おきに交代で奉仕して50年の歴史があります。

濃茶席でもずいぶん待ちました。待合の床には堅山南風の富士越龍ノ画がかけられていました。日光は8世紀に勝道上人が男体山を開いてから山岳信仰の聖地としての歴史をもっており、富士山を男体山になぞらえたものかと思います。ここで菓子をいただきました、東照宮御神木製の器に鮮やかな紫色の紫陽花が盛られていました。本席の床は徳川吉宗公筆の雪月花、花入れは宗旦の竹一重切り、香合は東福門院より宗旦拝領の貝合わせ蛤などすばらしい茶道具の数々でした。この後、点心、支部の薄茶席、青年部・学校茶道部の立礼席をまわってきましたが充実した一日になりました。



日光東照宮に来ています-2- [茶の湯]

献茶式の参列者受付は9時からですが、受付場所の表番所に8時半ごろ着きました。周辺を散策します。表門から中に入ると、右側に下神庫、中神庫、上神庫が並んでいます。ここには春秋の例大祭で行われる百物千人武者行列の際に用いられる衣装や道具類等が納められています。


反対側には神厩舎があり、そこは、猿の彫刻で守られています。

 ↓一番左にあるのが、見ざる、聞かざる、言わざるの三猿。

 

御水舎の隣に輪蔵 ↓



陽明門手前奥に鳴龍で有名な本地堂。手前にあるのは鼓楼です。




いよいよ陽明門をくぐります


 

塗り替えられた彫刻類が朝の光の中に輝いています。




門をくぐると、左側に神輿社があり


 


正面は唐門です。この奥が拝殿、本殿となりますが、現在修理中で覆屋がかかっています。この奥の建物の中で献茶式が行われます。


 


唐門の前を通り、奥の院へ向かう途中に眠り猫の彫刻があります。




設計図のようなものは残っていないので、塗り替えの時にはその時の職人の個性があらわれるそうです。


 


猫の彫刻の真後ろに、雀の彫刻があり、平和を象徴しているといわれます。平和な世の中を護るとのイメージは東照宮全体を通じて各所にあらわされています。




つづく  茶会のことな℃。



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日光東照宮に来ています [茶の湯]

日光東照宮に来ています。国宝陽明門の平成の大修理竣工記念の裏千家献茶式奉賛茶会に参加するためです。


受付を済ませてから時間に余裕があったのできれいになった陽明門をくぐってみました。


 



 





朝の光が反射して美しさが際立ちます。





 



つづく


 


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第22番 平等寺 [四国遍路29年春]

国遍路第22番平等寺のご本尊は 薬師如来です。 本堂へ至る石段の端には一円玉が、びっしりおかれていて、まるで川の流れのようでした。厄除けに一つ一つおいていくのだそうです。

ここは特に健脚に霊験あらたかだということです。


 


本堂の中には椅子が並べられていました。他の参詣者もいなかったので座らせてもらって読経しました。御朱印所が混んでいて列をなしていましたので終わるまで少しゆっくりできました。



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第21番 太龍寺 途中の舎身が嶽に感激  [旅行、趣味]

四国遍路第21番太龍寺は西の高野とも称されています。西日本最長といわれるロープウェイを利用していきました。約10分間の空中散歩です。杉の人工林を過ぎると眼下に白いオオカミの像が数個置かれているのが見えますがこの辺りは昔ニホンオオカミが生息していた所です。ツツジが咲き始めていました。またそこから少し上ったところで「舎身が嶽」と呼ばれる崖が見えてきます。そこは弘法大師が19歳の時、虚空蔵求聞持法の修業をした所で、岩の上に修業中の空海座像が見えます。

標高600メートルの山頂駅付近は八重桜が満開でした。山頂駅から境内まで続く急な階段を上っていきます。


太龍寺.jpg


御本尊は虚空蔵菩薩です。江戸時代には阿波国屈指の名刹として繁栄し、仁王門、護摩堂、本堂、多宝塔等いずれも堂々とした風格ある建物でした。本堂でいつものように読経、御詠歌が終わると堂内から副住職が出ていらしてお話がありました。御本尊の虚空蔵菩薩の縁日は13日ですが、十三詣りは一度だけでなく、二度目の十三詣りもして下さいとのお話。還暦を過ぎても次の十三詣りを勧められました。大師堂は一番奥にあります。


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第20番 鶴林寺 地蔵菩薩を護って鶴が舞い降りた [四国遍路29年春]

四国遍路第20番は地蔵菩薩(国の重文)を御本尊とする鶴林寺です。

那賀川という清流に沿って細い山道を走りました。4月20日付けの地元紙徳島新聞にはこの那賀川に稚アユの放流がなされたとの記事がありました。バスの中では、葉っぱで1千万円稼ぐおばあさんの話等を聞きながら鶴林寺へと向かいました。急こう配の細い参道が続き、第12番の焼山に次いで2番目の難所として知られています。


駐車場から少し歩いたところの仁王門には、「霊鷲山」の額がかかっており、それぞれの仁王像の前には鶴が立っています。


参道には古い丁石=道しるべが残っています。ここから階段を上がって本堂へ向かいます。



                   ↑丁石


本堂の前には左右に鶴の像が立っています。黄金の地蔵菩薩を守りながら鶴がこの地に舞い降りたとの伝説があります。

 


鶴林寺には特別の御朱印がありました。通常の納経の証としていただく御朱印とは別に鶴だけの御朱印を白衣に押してもらい、亀の伝説のある第39番の延光寺で亀の御朱印をいただいて鶴亀として身に纏うのが喜ばれているそうで、希望者は鶴の御朱印を貰っていました。200円です。


こちらの駐車場にあるトイレはよく整備されていて気持ちよかったです。

次は第21番太龍寺へと向かいます。




第19番 立江寺  [四国遍路29年春]

四国遍路第19番の立江寺は阿波の関所寺といわれています。

大師堂右手横には黒髪堂という小さな祠があって、黒々とした髪が籠められています。不義をしたお京という女がこの寺に詣り懺悔するとその髪の毛が逆立ち、鐘の緒に巻きあげられて残ったという伝説があり、それがこの祠に籠められている髪だと聞いた後では今も生きている人のもののような髪の塊が不気味でした。


 

一方本堂の前にはボタンの花がきれいに咲いていました(4月19日)。本堂は唱和55年に再建されたもので、天井は花鳥風月の絵画で美しく飾られていました。






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第18番 恩山寺 [四国遍路29年春]

四国遍路第17番から18番音山寺はへは、バスで40分弱。国道55号線をいくと右手の低い山の上に騎馬像と白旗が翻っているのが見えました。源氏が平家を追って四国で最初に陣を構えた所で旗山といいます。ここを右折して道幅はほんとに狭い道を行くことになります。大型バスで田んぼの中のクランクを何度もハンドルを切り返しながら曲がりきったドライバーに拍手を送りました。

細い参道の仁王門近く赤い橋を過ぎた所に赤褐色の樹肌の木が1本ありました。県の天然記念物に指定されているビランジュという木です。赤い樹皮がめくれていて見たことのない様です。一名博打の木ともいわれ、この木に触れると博打にまけるとか。まぁ美しいという姿ではないです。

駐車場から少し歩いて、石段を上がったところ左が大師堂です。さらにその上に石段を上がって本堂です。




元は女人禁制であったが、弘法大師が訪ねてきた母のために祈って禁制を解いたと伝わり、その後剃髪した母の髪が納められていそうで、小さなお堂が大師堂の隣にあります。




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第17番 井戸寺 [四国遍路29年春]

三日目の朝一番で訪ねた、井戸寺の御本尊は、七仏薬師如来です。中央の大きな薬師如来を挟んで左右に三体ずつあわせて七体の黄金の薬師如来を拝観することができました。法楽は御堂の内で行いました。


境内敷地は広く明るく、気持ちの落ち着く印象をうけたのでここで実家へのお線香を買いました。


鮮やかな朱色の山門

 


寺の名の由来は、弘法大師が水不足で苦労する村人を憐れみ錫杖で一夜のうちに井戸を掘ったということで、その伝説の「面影の井戸」があります。覗いてみて自分の顔が映れば無病息災、映らなければ3年以内に良くないことが起こるという井戸で私はこういう場合には見ないことにしていますが、皆さんきれいに映った自分の顔をみることができたそうです。


正面に見えるのが本堂。

みんなで集まって何をしているかというと、御数珠の正しい持ち方を教わっています。




8:30にはここを発って、正面に眉山を眺めながら、次の18番恩山寺へと向かいます。阿波踊りの由来や、阿波の三バカの話等を聞きながらいきます。阿波の三バカとは、①阿波踊り、②大歩危、小歩危、③鳴門の渦潮(左巻き)を言うそうです。



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第14番 常楽寺 岩盤の上に立つ寺 [四国遍路29年春]

四国霊場第14番常楽寺の御本尊は、弥勒菩薩です。四国唯一の未来仏です。


本堂の前にアララギの大木があり、その上の方に小さな白い弘法大師座像があいます。




境内は岩盤が露出しており、地面がゴツゴツしているので歩きづらいです。




ここから次の第15番国分寺へはあるき遍路の道しるべに従って歩いていきました。



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第13番 大日寺 [四国遍路29年春]

12番から13番大日寺までバスで1時間弱、駐車場からは県道側道を7~8分歩きます。神仏分離令の名残がよくわかります。県道を挟んで北に大日寺、その真向かい南側に一の宮神社があります。

現在の本尊は十一面観世音菩薩ですが、一の宮の本地仏であり、大日寺は大日如来を本尊としていたのが、神仏分離令のとき十一面観世音菩薩が大日寺に移されて本尊となり、大日如来は脇仏となったよし。

さほど広くない境内で、彩色の施された「しあわせ観音」がありました。

88カ所中で唯一の女性住職のお寺だそうです。


 



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第12番 焼山寺 [四国遍路29年春]

  四国第11番から第12番までは13㎞の遍路ころがしで知られていますが、バス利用でも1時間ほどかかります。

 道中のガイドによると、昔は吉野川一帯は藍の産地で栄えましたが、今は一部で生産されているばかりとのことです。また、神山町のあたりは枝垂れ桜がたくさん植えられていて「枝垂れ桜の里」と呼ばれています。少し進むと次は「すだちの里」。徳島の県花はすだちです。すだちは秋物が一番香りが良いのだそうです。清流鮎食川が流れています。山間の道を進んでいきますが、近年は、光ネットを利用することで都会を離れてこの地域へ進出する企業が増えているということでした。
 四国第12番 焼山寺の御本尊は虚空蔵菩薩。駐車場から長い参道を歩きますが道の両側にたくさんの仏像が奉納されています。推定樹齢400年から500年の天然記念物の杉の下の砂利道です。崖の側には落葉樹の間を通して素晴らしい景色を眺めることができます。
 このお寺は標高930メートルの山腹にある難所の一つで、古くから修験道の修業地として知られてきました。標高700mの所にあり、札所中3番目に高い場所に位置します。
 

山門をくぐるとひときわ大きな杉が林立しています。




本堂と大師堂


駐車場へと戻る途中で他の団体の人から呼び止められ、法螺貝を請われて長老はほんのひと吹き。どの団体もほぼ同じコースをとっているのでしばしば顔合わせることがありました。


法螺貝.jpg

駐車場からタクシーで山道を15分ほど下った所に「杖杉庵」がありました。ここには衛門三郎が空海に許しを乞うている場面の石造があります。衛門三郎は伊予に住んでいた長者ですが、空海を邪けんにあしらった。その後八人いた子供達が次々と亡くなってしまったことで後悔し、空海に許しを乞うために旅に出るがどうしても会うことが出来ない。そこで反対にまわることでようやく会うことができ、行き倒れの三郎が、再び生れかわり世の中の役に立つことを願ったので、空海が「衛門三郎再来」と書いた石を握らせ再来を祈願した。数十年を経て伊予の領主河野家にこの小石を握った男の子が生れたという話です。この人が逆打ちの最初に行った人で空海に会うことが出来たのが申年でした。

この後で食堂田中屋というところで昼食。ちらしずしとうどんおかわり自由、美味しく頂きました。









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第11番 藤井寺 この先遍路ころがしへ [四国遍路29年春]

10番の切幡寺から11番藤井寺まではバスで約30分。街道沿いにうどんの看板が見られます。土成の名物たらいうどんはハゼ科の小魚で出汁をとり、かつては、大きなたらいにいれて皆で食べるものだったそうですが、現在では小さなもので個別に出されるようになったそうです。黄色の菜の花畑を見ながら吉野川を渡りました。四国三郎は普段は清流ですが、この日は前日の雨で濁流となっていました。

四国第11番 藤井寺は臨済宗妙心寺派のお寺です。1673年に再興されています。

御本尊は薬師如来で、久安9年(1148)と記されていることから、年号のわかるものとして霊場最古と言われます。火災で境内が焼けても御本尊だけ難を逃れ、厄除けで有名です。本堂の天井には迫力のある白い龍が描かれていました。

 ↓ 本堂




本堂の左手の方に廻ると、第12番焼山寺への古い道しるべがあります。12番まで約13㎞、ここから遍路ころがしといわれる難所が始まります。健脚で5時間くらいかかるそうです。


また、寺の奥の方にはミニ四国88カ所霊場がありますがいきませんでした。

  

山門を入ってすぐに藤棚がありましたが、まだ堅いつぼみでした(4月18日)。


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白糸草が咲いていています [季節の花]

今日は遍路記事はちょっと休んで、息抜きです。

 ↓  ベランダでシライトソウが咲いています。

 


  ↓  これはアボガド゙です。 



  ↓ シンビジウム つぼみを持っています。



↓ 友人が指し芽してくれました。名前を忘れて。名札を付けた方がいいですね。


数日前のある日の美しい夕空。宇都宮タワーも写ってます。


第10番 切幡寺 [四国遍路29年春]

四国遍路第10番 切幡寺は切幡山の中腹にあり、徒歩ならば333段の石段を上がっていくことになりますが、私達は麓からジャンボタクシーに分乗して上りました。

御本尊は南面千手観音菩薩。 ↓ 本堂


 

本堂のすぐ右横に大師堂もあります。


↓ 大塔は国重要文化財になっていますが、下から眺めただけでした。




タクシーでバスの待つ駐車場に戻り、お接待を受けて下さいと土産物屋に案内されました。遍路用品等が様々売られていました。湯茶が用意されていましたがみな品物を見定めることの方にばかり目がいっていたようです。

お接待といえばこの遍路に出発する前からお接待を受けていたことに気付きました。先ず笠をいただいた。すでに3回遍路の経験があるという知人から遍路に行くなら使って下さいといわれて、お代を払いたいといいましたら、その分をお寺に使ってといわれありがたく頂戴したこと。また、宇都宮を出発する朝、駅前のコンビニでおにぎりと飲み物を買った時に5円玉で両替できるか訊ねたとき、いいですよ、いくらにしますかと快く応じてくれました。レジスターの中にあっただけでは足りなくて新しい包みをあけてだしてくれました。朝早くのお客が少ない時間帯であったにしてもコンビニでのこの対応はうれしかったです。





第9番 法輪寺 のどかな田園風景をみながら [四国遍路29年春]

第9番法輪寺は田畑に囲まれたところにあり、早苗がゆれる水張田が広がり、畑では紫色の花が美しいそらまめの収穫をする人の姿があって、爽やかな初夏の田園風景を楽しみながら到着しました。




ご本尊は涅槃釈迦如来。山門を入って正面に本堂と大師堂が並んでいます。


寺のすぐ前に2軒小さな売店がありました。たらいうどんや草餅などが名物のようです。Wさんが焼き芋を買ってきてお接待してくれました。「お接待」、初めてこの言葉を聞いた時は人から無償で物をもらうことに抵抗があってそれとなく逃げていましたが、遍路に来てから、その優しさを受けとめることが素直なことなのだと思うようになりました。 ほくほくの焼き芋は大変おいしかったです。




 売店では生のままの鳴門金時も売っていて、友は持ち帰って記念に苗を育てると買ってきました。芋の収穫が楽しみです。

ところでこの門前で不思議な風体の人をみかけました。傍らに大きな荷物をおいて、托鉢?をしているようにも見えるし、帰りに見た時は荷物はそのままで、本人だけより門に近くに立っているのがおかしい。どこでだったか忘れましたが境内での托鉢を禁止との看板があったのはこういう人に対応するためかもしれないと思います。




第8番 熊谷寺 18日千手観世音菩薩御開帳 [四国遍路29年春]

遍路中は毎朝7時30分に宿舎を出発します。昨夜泊った安楽寺からバスで10分、二日目最初に訪れたのは第8番熊谷寺(くまたにじ)です。


熊谷寺の仁王門は四国最大、1687年の建立ですが、バスのため車窓から木々の向こう畑の中に立つ勇壮な姿を眺めただけでした。

駐車場でバスを降りると、スピーカーから野太い声の御詠歌が流れていました。それを耳にしながら坂道を登っていきます。

最初に本堂の左手階段を上がったところにある大師堂でいつものように法楽を行いました。それが終わって振り返ったとき青い空が眼前にあり、朝の太陽の光に緑の木々も自分達もすっぽり包み込まれているような感覚を覚えて感激しました。


 


階段をおり、本堂の中へ入りおまいりします。熊谷寺の御本尊は千手観世音菩薩で、毎月18日に御開帳です。ちょうどこの日(4月18日)は御開帳の日にあたっていたのでとてもうれしく楽しみにしてきました。

開かれた扉の奥に黄金色の大きな千手観音立像を拝することができました。美しい観音様です。






↑ 四国最古という多宝塔です。

 



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